彼女はそう云って海風に髪を弄らせる。海辺の彼女は美しい。
「 ──── 風が出た。城に戻った方がいい」
「あら、このあたりはいつも風が強いんですのよ」
石の都の公子様。海のことは御存じないのね。そう云いたげな翠の瞳がふわりと和む。その一瞬の、あわい崩壊。打っては寄せる波。さざめく微笑。
「ああ、いい気持ち」
彼女は岩の上に立って目を閉じた。深窓の育ちである割に身が軽い、と公子は思ったが、はしたないと眉をひそめることはしなかった。それほどに彼女の身のこなしは、まるで水のようだ。なぜか再び云い募れず、黒衣を纏った白い公子は立ちつくす。
気がつくと、彼女は凝とこちらを見ていた。
「 ──── 都に風は吹きまして?」
眩暈のするような翡翠の双眸。
風か。風なら吹いている。
だがそれは彼女の望む風ではない。東からの瘴気を運ぶ忌み風だ。私を鳳と云うならば、それは東風に抗う凶つ鳥だろう、と公子は思う。そして不意に目を眇めた。 ──── 鳥。こんな時に思い出すとは。
応えない男をどう思ったのか、あるいはそもそも独り言であったのか、彼女は沖へ視線を飛ばした。
「…つまらないことを申しましたわね」
わたくし、わかっておりますのよ。彼女の声はいつもまったく変わらない。決して強い女ではないだろうに、ひとりですっきりと立っている。潔い女だ、と彼は思った。もしかすると本当は彼女を、この邦の誇る海路と騎士軍以上に、彼女をこそ望んだのではなかったか。はじめてそんな自覚が脳裏を掠めたが、それでも彼はやはり、ただ彼女と同じように沖の彼方を臨んだ。風に絡まる潮の香り、海辺の風には色がある。
岩を降りようと彼女は手を伸べた。公子は無駄のない優雅さでそれを支えた。爪先が軽やかに岩肌を蹴って、一瞬、すべてが彼の手に委ねられた。確かな重み。それはすぐに溶けて流れる。
白い手はするりと逃げてしまったが、翠の瞳はまっすぐ据えられたままだ。
「 ──── 黒鳳の君」
否、彼女の方こそ鳥のようではないか。
「磯香や海風はとても愛しい、でも、わたくしにはそれ以上に大切なものもございます」
だから大丈夫です、そんな顔をなさらないで。
と聞こえたような気がしたが、それは彼の空耳であったかもしれない。彼女の前に立つと、彼は時折自分がどんな顔をしているのかわからなくなる。鉄壁の怜悧が、砂の崩れるように押し流されてしまう錯覚。そうなると彼には術がない。あるいは今もそんな風だろうか。
「 ──── 風が冷えてまいりましたわね。やはり城に戻りましょう」
彼女は音もなく背を向けて、もう馬の方へ歩きはじめている。彼女を海辺まで運んだ、おそろしく毛並みのいい黒鹿毛は彼の愛馬だ。
さして苦労もせずに歩をつめると、彼は自分の套を脱いで、彼女の肩に与えた。
「まあ、まるで黒い翼」
あたたかい。彼女は少し驚いた顔をして、それからちらりと笑った。その笑顔を彼は美しいと思った。
本当は磯香と海風を何よりも愛しているのだ。壮麗な石の都の暮しなど、彼女にとってはそれこそ無為なものに違いない。黒い翼で彼女から海を奪いにきた男。それを彼女は 「わたくしの黒い鳳」 と戯れに呼ぶ。
物云わぬ石に閉ざされていても、彼女は同じように笑って見せるのだろうか。彼の迷いすら見抜いた女であるならば。
蹄の音がして、思考は不意に破られた。あら、という笑みを含んだ声につられて視線を向けると、丘の上から稜線沿いに降ってくる栗毛の馬影が見える。
「イムラヒルが参りましたわ」
確かに見覚えのある顔だ ──── 従者ならともかく、あるいは急ぎの用向きか。つと眉を寄せる彼の隣で姉は屈託なく弟を笑った。
「あれはまだあなたに思うところがございますのよ。そわそわと落ち着かないったら、どうせまた何か理由をかこつけて出てきたのでしょう」
そういうものか、と姉妹のない公子は内心肩をすくめる。そういうもの、なのだろう。
「いつまでも仕様のないこと ──── 参りましょうか、デネソール様?」
海の公女はひどく自然な仕草で、再びその白い手を伸べた。
個人的にデネソール殿とフィンドゥイラス様は、
「アドラヒル・エクセリオン両パパの共謀によりなしくずしに見合い」
(イヤな予感はあったデネソール殿)(フィンドゥイラス様は委細承知)
「求婚はデネソール殿が書状で事務的に」
「結婚式まで半年くらい、直接会ったことはその間に2回あるかないか」
くらいの距離感が理想です。ほとんど会ったことない割になんだか結構睦まじいのは
ひとえにフィンドゥイラス様がリードなさっておられるからだと思われ。
「アドラヒル・エクセリオン両パパの共謀によりなしくずしに見合い」
(イヤな予感はあったデネソール殿)(フィンドゥイラス様は委細承知)
「求婚はデネソール殿が書状で事務的に」
「結婚式まで半年くらい、直接会ったことはその間に2回あるかないか」
くらいの距離感が理想です。ほとんど会ったことない割になんだか結構睦まじいのは
ひとえにフィンドゥイラス様がリードなさっておられるからだと思われ。
(2004.05.21)
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