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メトロポリスにそびえる高層ビルの群、その一角では今夜も華やかなセレモニーが開かれていた。各界の権威や著名人、大富豪。それを取り巻く取材・報道陣…クラークケントもその一人だ。
(あたしは特ダネのありそうな別のパーティに行くわ。クラーク、あなたは退屈そうなこっちをお願い) (ロイス、でもこっちは…) (つべこべ言わない!) 男の意見を聞かず、相変わらずてきぱきと身支度を整え彼女は行ってしまった。 (こっちには、ミスターウェインが出席するのに?) そうと知っても彼女は気にはしないだろう。ひとときでもかつての想い人と過ごす甘い感傷より面白い記事、それを選ぶ女性なのだから。 パーティは既に始まっていた。光を弾くいくつものシャンデリア、庭園の噴水さえも華々しくライトアップされ、目がくらむ。人々のざわめきはさざなみのように寄せては返している。 「こちらは私が手をかけている…」 「ごぶさたして…」 社交辞令の飛び交う会場を漂い、記事に出来そうな人物に取材を兼ねて挨拶に回る。デイリープラネットの看板記者だ、相手がいやがるはずもない。 周囲より頭一つ高い男の視界に、見知った顔が飛び込んできた。 ブルース・ウェイン。 有数の資産家であり、男の勤め先の筆頭株主でもある彼は取引相手であろう幾人かに囲まれ、にこやかに会話していた。融資、誘致がほしくておもねる輩ばかりなのか、その笑顔も少々うんざりとしているように見えた。 …何も知らないくせに。 彼を取り囲む親しげな顔の男共に優越感を覚える。 あなたたちは知らない。彼の別の顔を。 彼のホームグラウンド、ゴッサムシティでの顔を。 僕の腕の中の顔を。 そう思ったら、彼を独占したい気持ちが膨れ、子供染みた嫉妬にかられた。 触れるな。 それは僕のものだ。 彼が聞いたら一蹴されるだろう独占欲。 「あれっ、ミスターウェイン」 「こちらの担当は君か、ケント君」 偶然を装い声をかけた。二言三言交わし、 「ちょっと失敬」 男は喉を潤すために給仕の捧げるトレイからグラスを取り上げようとして … 「わ! っと、と」 OH、と抑えたどよめきが聞こえ、男の不器用な指から飛び出したシャンパンはブルースの仕立てのよい礼服の肩から胸元を濡らしていた。 「わわ、も、申し訳ありませんミスターウェインっ、あの…」 「控え室は?」 うろたえるクラークには一瞥もせず、くるりと給仕に振り向いた彼は、至極冷静に建物の案内を乞うていた。 「会場を出まして左手奥にございます。ご案内致します」 「いや結構、こちらの…と、ちらりと視線を投げ…男に案内させる。皆さん、少々失礼します。行くぞ」 「あ、は、ハイすみませんミスターウェイン」 大きな体を小さく丸め、社主の後についてゆく記者の姿は少年のようで、通りすがりの幾人かに小さく笑われていた。 「あぁ良かった、控え室があいてて…」 えぇとハンガーは…いやそれよりタオルか。どこかな… 呟きながらうろつく背中を冷ややかに無視し、つかつかと奥に進んだ彼は上衣を備えつけの椅子の背に無造作に投げ置いた。クラークのどじのおかげといおうか…これで少しだが休める。そう思い彼にしては長く息をついたが、それがいけなかった。男が部屋に鍵を下ろした音に気づけなかった。 「クラーク、君は少ししたら戻っていい。…そんなに俯くな、怒ってはいないんだ」 おかげで堂々と会場を抜けられたしね。 「…? クラーク? …ッなにを!」 ドアを背に俯いたままの男に近づき、顔を覗き込もうとしたその腕は恐ろしい速さで吊り上げてしまう。かしん、と金属音がして、両手首に冷たい感触。これは、なんだ。 「ブルース、あんな顔で笑う君がいけないと思わないか?」 薄く笑う。 男は、自由になった手で眼鏡を外して丁寧に内ポケットへしまうと、次にタイをゆるめ、そしてなでつけていた髪をくしゃりと乱した。 一連の動きに、目が離せない。引き寄せられる。 伏せられていた瞳が、陽が昇るように彼を照らす。 「今のは故意か…ッ」 「大きな声を出したら、誰かに聞かれてしまうよ?」 さきほどまでのとぼけた声とは別人のような、深く響く声が、耳元でゆっくりと囁いた。 「…ッ」 できるだけ醜聞は避けたいだろう? 「私を脅してどうするつもりだ」 それには答えず、男は彼の唇を塞いだ。 上等なシャツの上から男の舌がざらりと動くのが分かった。そこだけが鈍い熱を持ち、そして冷える。 「ブルース」 名を呼ぶためだけに耳元に唇を寄せた、甘い毒のような…深くたゆう声が彼を囚える。逃げられない。男は微かに笑い、また鎖骨にこぼしたシャンパンに…もう味などないだろうに吸いついた。 「…ッ」 声をあげるわけにはいかない。鍵がかかっているとはいえ、ここはただの控え室で、人々のざわめきも薄い壁も、己のはしたない声を遮るには心もとないように思え、ブルースは思わずその薄い唇を僅か吸い込み、噛んだ。鈍い痛みはしかし男の熱い舌を忘れさせてはくれなかったが。 男は濡れたシャツをはだけようともせず、ただ布越しの肌の弾力を舌と指で楽しんでいるようだった。こんなことをしておいて…こんなことをしておいて、まるで少年のように無邪気に笑っているに違いない。喉を反らし、目を閉じて耐えるブルースには見えないが。 大きく、分厚い男の手のひらがじらすように腰から這い登ってくる。いつもの癖だ。肝心な…そう思うだけでも羞恥で灼けそうだ…肝心なところに触れようとはしない。私が快楽に陥落し、pleaseと云うまでクラークは与えようとはしないだろう。判っている。 「ブルース」 のけぞった喉のラインまで登った征服者の指先の侵略を更に許してしまう。もう指先は唇を辿り始めている。せめて噛みついてやろうと思ったのが間違いだった。あっけなく口腔を蹂躙された。 「くふ…」 遠慮がないのはこの手だけではないのを失念していた。残りの腕は万力のように彼の腰を絡めとり放さなかったし、不埒な歯は器用にもボタンを外し、先程までシャンパンを味わっていた舌は既に彼の肌を濡らしてもいた。 せめて両腕が自由ならば。 いいや、その程度の違いがなんだというのだ。男はものともしないだろう。 (抵抗が無駄だってこと、君は判っていると思っていた) そうしてただの人間である彼を圧倒的な有利で見下ろし、彼の大嫌いな無邪気な笑みを見せるのだ。 男の生殺与奪の権利を与えられている。 例えば人類に深刻な危機が訪れようとしたら、彼は一瞬の躊躇の後にその権利を行使しただろう。だが、今危機に頻しているのはたかが自分のちっぽけなプライドであって、それを守るために鉱石を使う気にはならなかった。こんなことで男の機嫌を損ね、酷い目に遭うのもこりごりだった。 (そんなこと云ったら、だめだろう? ブルース…) 大きく、高貴な肉食の獣に犯されているようだったあの時。 (ッア! あ、あ、ヒッ!…やめ…) 泣いて、まともに言葉も発せられないような状態を判って。 (ごめんなさい、は?) それでも。 (ノ、NO…アーッ!) 彼に服従を誓わせた、獣。 (云ってごらん) 青い瞳が彼の全てを暴いた。 「あまりゆっくりしていると、怪しまれるかな」 独り言なのか、彼に選択を迫っているのか判らない。どのみち選ばせてなど貰えた例しはないのだが。散々もてあそんだシャツをあっさりはぎとり、彼の口腔を楽しんでいた指を性急にスラックスの内側へ滑り込ませた。 「き…み、の、我慢が…きかなくなった、だけ、ぅあ、ック!」 うごめき始めた指に翻弄される前に皮肉ってやったのは失敗だった。跳ねた体に手錠がこすれ、赤く血が滲む。晴れた空の目に物騒な光を灯したのは誰でもない、自分だ。 「このままあの洞窟(ケィヴ)に連れて行ってしまおうか。大富豪ミスターウェイン、パーティ会場から突如失踪!第一発見者は本社記者…つまり僕。どうだい?」 僕が「見つけ出す」まで君を抱いていてあげよう。泣いてお願いしてもやめてあげない。 「冗談、も、大が…ヒッ」 「僕はいつだって本気だよ?」 増えた指に上がりかけた悲鳴、それとも嬉声をキスで塞がれる。甘えるようなくちづけにめまいがする。心得ているのだ、どうしたら彼が許してしまうのかを。 滑り落とされたスラックスに羞恥を感じる隙もなく片足を高く抱え上げられる。無理な姿勢を支える片足よりも手錠に繋がれた手首が痛んだ。 「よせ…」 ここで、こんなところで? まだパーティは続いている。戻らねばならないのに? 「よせ、」 声は震えていないだろうか。震えていても気付かれていなければいい。…無理な願いだろうが。見透かしたように青い瞳が笑った。先刻肌を楽しんでいた時よりも獰猛な笑み。本当に、こんなところで彼を抱くつもりだ。 「クラ…、私、君も…会場…会場に戻ら……ァあ」 甘い痺れが触れているところから広がり、上手く云えない。男のもたらす快楽に支配されてしまう。ゆっくりと彼を侵蝕し始める質量と熱。 「ふ…、ぅン、んんく」 いけない、悦んではいけない。かろうじて残った理性にしがみつきながら、必死に声を殺す。だが男が甘やかすように揺らし始めるとそれも出来かねるようになった。 「…ッ、ッ、…!」 二人の弾む呼吸が絡み合いひとつになる。声があがりそうになると男は唇でそれをふさぎ、逃げ場をなくした熱が更に彼を高ぶらせる。抱えあげられ、壁に押し付けてささえられる形になったおかげで、手錠が思った以上に彼の手首を傷つけることはなかったが、自由にならない腕が男の背を抱き締めることもまた、なかった。 「ミスターウェイン、ごゆっくりですなあ」 「やあ、これはどうも」 太鼓腹の招待客が声をかけた。ゆったりと、優雅に振り返った彼に先刻の熱の気配はひとすじも残っていなかった。完璧な営業用の笑顔で、「大富豪のプレイボーイ」を演じる。極めて注意深く隠された手首の包帯に客は気付かず、彼は密かに安堵の溜め息をついた。 冴えない風体の敏腕記者も、そ知らぬ顔で方々で取材をしているのがちらりと視界に入った。 2人を繋いだ熱は、今は、霧のように消えている。 けれど、いずれまた同じ熱が2人を繋いで放さないだろう。 あの、手錠のように。 |